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浅野 裕一

古代中国の文明観―儒家・墨家・道家の論争

古代中国の文明観―儒家・墨家・道家の論争

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定価 : ¥ 735
販売元 : 岩波書店
発売日 : 2005-04

価格 商品名
¥ 735 古代中国の文明観―儒家・墨家・道家の論争
驚愕の儒教観

この本全体のレビューは他の方のものを参照して戴くとして、
孔子及び儒教が以下のように一刀両断されている記述を読んで
仰天しました。

「・・・孔子の礼学は、彼がかき集めた一知半解の断片的知識を、
自分の想像力でつなぎ合わせただけの、空想の産物でしかなかった。
このように孔子の思想活動の出発点そのものが、極めて詐欺的な
性格の強いものであった。しかも孔子は、魯に周に代わる新王朝を
樹立して自ら王者となり、わが手で復元した周初の礼制を地上に
復活させようとする誇大妄想に取り憑かれる。・・孔子はこの
狂気を帯びた妄想を引っ提げて諸国を流浪し、各国の君主に
その採用を求めたが、どこの君主からも全く相手にされず、
もとより実現はしなかった(p.66)。」

儒教が孔子以後二千年以上にわたって東アジアにおいて生み出して来た
質・量共に厖大な知的遺産を承知の上で、上のように総括されるという
のは、ただただ驚くばかりです。

二千数百年前の英知

著者も言うように「古代の黄河文明と現代文明とでは、自然に対する破壊力に雲泥の差があるから・・・そこには多くのアイデアが含まれているとしても、その中のどれかを選択すれば、ただちに問題が解決するわけではない」。
しかしそれを補って余りあるほど諸子百家の思想は魅力的である。少なくとも一人の人間として社会の中で(あるいは外で)生きていくための知恵にあふれている。
この本の優れているところは、その古代の思想を、現代語訳を添えた原典からの引用に最新の発掘資料なども交えながら、きちんと整理された形で提示してくれていることだろう。
とくにこの本の原典からの引用方法は、「これくらい読めて当然だろう」と言わんばかりに読み下しだけ載せて平気な顔をしている他の新書の著者に見習ってもらいたいものだ。

だから儒教は支配者にとって都合が良いのかと納得

 黄河流域はもともと鬱蒼とした森林地帯だった。文明の発達は人間に恩恵をもたらしたが、自然破壊の結果もまた、人間が引き受けることになった。そうした状況に生まれた中国諸子百家の思想。
 文明と自然はどう向き合っていくのかという観点の違いからみると、儒家、墨家、道家が対比的に理解できる、という話。これらの思想を理解するうえでは興味深い話だったが、現代文明に対して自分がどう向き合っていくのが良いのかについての示唆を期待していた私としては、肩透かしされた気分がある。話は最後まで三者の対比にとどまる。

面白い着眼点だが

古代中国の環境問題をとらえ、その視点から儒家・墨家・道家を論じた書。三者の思想をそれぞれ楽観論、節約論、文明批判論とした構図は現代においてもそのままあてはまり、理解しやすい。
ただ逆に言えば、現代の観点から古代思想を無理矢理三分したような印象を受ける。「天人の分」は楽観主義にどう結びつくのか、墨家は環境問題をどこまで意識していたのか・・・このあたりの説明に強引さも感じる。
各思想家に対する説明はわかりやすいので、一つの観点として読むには面白い一冊ではある。

中国古代の環境問題

諸子百家を扱った書籍は数多いが、本書は
儒家・墨家・道家の思想を環境問題という軸で
比較したものである。
儒家と墨家は正反対の自然観を持っていた。
自然は人間に無限に物資を与えつづけてくれるのだろうか?
現代に生きる我々は自然の有限さをしみじみ感じるものだが、
春秋戦国期の思想家はどうとらえていたのか?
しかも、それが諸子百家の思想の分かれ目となっていることが
読み進めるうちにわかってくるだろう。
道家は儒・墨に対し文明を否定する。
自然に帰れとは、まさに文明を捨てろということに他ならない。
儒・墨は文明を維持するための方策をあくまで説く。
三者三様の意見の違いは、現代人にも強く考えさせられる内容となっている。

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